一年を振り返って~北京コンタクトセンター ウラン~
■ 志望動機
「社員が親切!」
当時様々の理由で就職活動ができず、卒業式が迫っていました。
しかし名古屋でチャンス少なかったため(名古屋で住んでいた)、仕方なく東京を選びました。
そこで最初に出会った会社がMPGでした。
驚いたのはMPGの対応が早く、履歴書を送った二日後にMPGの人事から電話がありました。
MPGに応募したのは、業務上で中国語を使えるという一点しかなかったのですが、
説明会と一次面接を終えた時点で、私はこの会社で働きたいと思いました。
理由は国籍・年齢関係なく平等という点も魅力的でしたが、
人事部のマネージャーの相手の立場から物事を考えてくれている親切なところはもっと魅力的でした。
当時の私の選択は間違いがありませんでした。今でもよく上司から先輩まで皆様に暖かく助けてもらっています。
■ 担当業務
「東京コンタクトセンター → 北京コンタクトセンター」
東京から北京という二つの場所、日本語から中国語という二つの言語、
日本企業の組織から中国企業の組織という二つの環境で様々な体験をさせてもらいました。
入社から2008年10月まで、東京コンタクトセンターでSVとしてお取引先との連絡、
クレーム対応、オペレータ管理、月次作業など業務管理の仕事を全般的に担当ました。
2008年10月北京に異動してからは主に某大手携帯会社の業務で業務内容・管理方式を全般的に把握しながら、
日系企業向けの営業のお手伝い・業務管理をさせてもらっています。
■ギャップ
「新人でも挑戦できる・新人でもチャンスいっぱい!」
私は2008年MPGに入社したのではなく、2007年に契約社員として入社し、2008年に正社員として雇用されました。
また2008年10月には日本の給与をもらいながら、北京で活躍出来るチャンスをいただきました。
いずれ中国に帰るという念願が仕事を通し達成され、夢のようです。MPGにとって、
中国でのビジネスはとても重要であり大きなチャンスをもらえたと張り切っています。
入社し2ヶ月過ぎたころ、マネジャーから給与計算の業務を大連に移管するよう指示がありました。
不安が大きかったですが、「これはチャンスだ!」と思い、マネジャーに自分なりの提案をしながら、
業務移管を始め、無事に完了させました。その実績から半年後には別の業務を大連に移管するよう指示があり、
前回より更にスムーズに移管を成功させました。
他社の新人では挑戦できないことに挑戦でき、成長することができました。
また今では中国語と日本語を話せる強みを活かし、北京で活躍出来るよう更に成長していきたいです。


