携帯を読む。
暦を見れば、もう7月。
通勤ラッシュの満員電車もうまく乗りこなせるようになった北村です。
ところで、日本人は読書家だと思います。
どんなに電車の密室にいようとも、彼らは本やら新聞やら読む行為を続けます。
私は、海外の電車に揺られることが好きですが、外国の車内では、全く違う光景が繰り広げられています。
例えば、なぜか歯磨きする人。この光景は強烈でした。
比べて、こんなにも狭い空間で必死に本を読む日本の人を見ながら、
やっぱり読書家だ(中には漫画がちらほら……)と毎朝思うのです。
その一方で多くの人が「携帯」に夢中です。
余談ですが、私は学生時代、携帯に対して全く興味がわきませんでした。
「機械音痴」「音信不通女」などと呼ばれた私が、
電話機販売窓口の仕事に関わるようになり、
ようやく「携帯」のあれこれについて考えるようになりました。
今回はその中でも「携帯の機能」について思いをつづります。
電話機である一方、カメラであり、メールという手紙を送る手段であり、
音楽プレーヤーであり、テレビであり、インターネットを閲覧する機械であり……
そんな様々な機能を持った携帯。
そして、新たに思うこと。
それは、電車で携帯を扱う彼らが「携帯を読んでいる」ということ。
電話やメールのみの機能では満足できない現代人は、
携帯を単なる通信手段ではなく、「活字を読むためのツール」として用いている気がしてなりません。
携帯で文章をダウンロードする。
そして本と同じように読書する。
そう考えると通勤時の電車に揺られる殆どの人が、
「何かを読まずにはいられない状況」に追い込まれているのかも知れません。
やっぱり、読書家ですね。
しかも、すごく狭い密着した空間のなかで……
自分の苦手な携帯業務と向き合い、考えることで、
携帯の新たな可能性・新しい利用方法について、今までとは違った視点を持つようになりました。
そんなあれこれを考えているふとした瞬間、実家に存続する菊池電車を思い出します。
なんでも、日本で唯一電車の車内に自転車を乗せることができるとか……
そんな満員電車と読書と携帯に思いをはせながら、通勤する毎日です。
*写真はうわさの菊池電車。略してキクデン!!




